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情報ブログ

2017年02月15日 
OAO植物ブログ
植物

台湾花紀行 ~大阪動植物海洋専門学校~

OAOのブログ担当のジョージ・クローン(Gerge Clone)です。

ジョージが昔々、台湾へ行ったときの花紀文です。

また台湾へ行くことになりそうなので、

再確認するためにここに貼り付けておきます。

 

情報が古いので、あまり役には立たないと思いますが、

海外との取引のうえでも勉強になると思います。

 

興味をお持ちのかたは、

めちゃめちゃ長文なので、お時間あるときに読んでください。

デアル調で書いたものです。すみません。

 

~台湾のラン~

 2003年の12月と、2004年の3月に、台湾へ2度訪問する機会があったので、台湾ラン花紀行をお届けしたい。

 小生と台湾との関わりは、米国から帰国した頃から始まる。当時、某アパレルメーカーの研究所の顧問をさせて頂いていたため、社の方針でカトレア育種を命じられたのであった。カトレアほど大変なものはない。素人には巨大な花が憧れとなっているかもしれないが、なんといっても花持ちの悪さがネックになって、カトレア育種の将来性を見いだすのが難しい。しかし当時、米国や欧州から親木を輸入すると、残るは台湾しかなかった。いまから15年前の出来事だ(2017年現在、もう30年近く前の話です)。

  当時、劉黄崇徳氏(以後、劉さん)が訪日され、様々な台湾経由のランを持ってこられ販売されていた。現在の彼は愛蘭島企業(台湾嘉義県竹崎郷紫雲村菜堂12-6号、PHONE886-5-261-4141)の代表であり、Taiwan Orchid Growers Association(TOGA)の審査委員でもある台湾蘭業界の重鎮ともいえる偉いお方なのである。筆者にとって劉さんのイメージは台湾蘭業界の父という感じである。

  劉さんに台湾訪問の理由を告げると、心易く引き受けて下さり、劉邸に長らく居候することになった。当時のカトレア生産者の実状をまず把握しておきたかったからだ。毎日、毎日、劉氏の案内でカトレア生産者を見学した。彼のサポートには頭が下がる思いがした。それくらい懇切丁寧に案内して下さったのである。まさしく、小生にとっては台湾の父であり、台湾の蘭業界の大明神である。儒教の教え、仏教の教え、東洋の思想など、ランだけに限らず、様々なことを教えて下さった。いまだに劉さんの方へ足を向けて寝られないほど、彼の陽気さ、前向きさ、努力の姿勢をそばで学ばせて頂いたことに心から感謝している次第である。

  初めて劉さんと出会ったのは、ハワイ大学のDr.Yoneo Sagawa研究室に所属していた時であった。後日、知ったことだが、彼は小生のことを孫悟空のようなフレッシュボーイだと評価して下さっていたようだ。日本人にとって孫悟空のイメージは暴れん坊とか、きかん坊のような感じがあるが、本家中国人にとっては日本人とは異なるイメージがあるようだ。うれしいのか?悲しいのか?複雑な思いである。小生は猿なのか~。まだ鳥山明著・ドラゴンボールの孫悟空に例えられる方がわかりやすいのだが・・・。

国名(英語) 台湾(中華民国)Taiwan(Republic of China)
首都 台北 Taipei
面積 3万6000平方キロメートル(ほぼ九州の大きさ)
人口 2248万4364人
時差 日本時間マイナス1時間

 成田から約4時間、名古屋から約3時間半、関空からはわずか3時間のフライトの旅で行けるのだから、これほど近く行きやすいところはないだろう。日本から台湾への直行便は、主に日本航空、全日本空輸、ノースウエスト航空、ユナイテッド航空、エバー航空、チャイナ エアライン などが、羽田、成田、関空、名古屋、福岡、沖縄から台北へ、成田、関空から高雄へ直行便があるようだ。←(30年前の情報です。現在とは異なります)

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  気候は、北部の亜熱帯気候と南部の熱帯気候に分かれる。高温多湿で、7月から10月初旬は台風も襲来し、降雨量は年間2000ミリを越える。とくに夏の南部は高温となる。3000メートルを越える高山の山岳地帯が中央を走り、この部分は熱帯性高地気候となり、夏でもセーターが必要なほど寒いことがある。冬は雨期で、北部は肌寒く、山岳地帯では降雪を見る。ただ暑いイメージしか持っていない人は要注意であろう。行く場所によって、春服だったり、夏服だったりと服装には特に気をつけるようにしたいものである。真夏の時期(7、8月)は南部では40度近くになるところもあり、旅行にする際は熱射病にも注意したい。

 
 亜熱帯から熱帯に属す台湾は、一般的には秋から冬が旅行シーズンであろう。ただし、10月10日の国慶節前後や旧正月は帰国華僑や旅行者でもっとも混雑する時期で、このほか日本のゴールデンウィークと旧盆前後が航空料金ももっとも高くなるシーズンでもある。ほんの1、2日違うだけでも数万円も料金が変わってくるので、オフシーズンに旅立つことが困難な人は、せめて1日早く出発するよう心がけたいものだ。現地の自生地における自然開花期のピーク時と一般的旅行シーズンとは異なることも多いので、下調べが大切になってくる。

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  言語は、中国語(北京語、台湾語、客家語)、先住民族語、日本語などで、なかなか英語が通じないのが少し残念である。台湾では国語と言われる「北京語と台湾語」が使われているようだ。台湾語は中国語の方言の一つ門虫南語に日本語をはじめとする外来語の単語の多く入り込んだ言葉で、南部では生活用語はほぼこの言語が使われている。ほかに、漢民族の少数グループである客家の使う客家語や、先住諸民族の使う各民族語と、彼らの高年齢層に共通語として使われている日本語が残存しているから救われる。困ったときはお年寄りを捜すことである。

 たとえば、「ありがとう」という言葉一つでも、3つくらい違う単語を覚えておくと、ホテル、レストランやラン関係者とのコミュニケーションで、温かい笑いをとることができる。小生は以下の3つの言葉を連発して笑いを誘う。


北京語 謝謝(シェシェ)
台湾語 多謝(トオーシャ)
?語   ?(シンモンニー)

 3つめの言語は何語か?忘れてしまったが、この3つ目の言葉が特に笑いを誘う。「シェシェトオーシャシンモンニー」とリズミカルにはっきりとお礼を述べると、必ず台湾の人達は喜んでくれるのだ。

 台湾では、戦後の教育が北京語のみだったので、若い民主化後の世代は、会話の中心が北京語で、台湾語を使うのは、「老人と話すときだけ使う」という傾向が強いようだ。半面、60歳前後以上の台湾人(本省人)の多くは、北京語の教育を受けていない。


  「台湾は、多民族国際社会の様相を先取りしていますね」とお世辞を言ったつもりが、「自分達から望んでそうなったわけじゃなく、日本に統治され日本語を勉強しなければならなかったし、その後は中国人がきたから、北京語を勉強しなければならなかった。やむをえなかった。自ら勉強したくて外国語を学んだ人とは、立場が違う。これは、台湾人の悲哀です」とも教わったものだ。世界史を今一度深く確認しないと、彼らの本当の悲哀は我ら若い世代の日本人には理解できないのかもしれない。

 
 北京語のみの単一言語社会に向かう流れと、多言語社会を維持して多様なアイデンティティを守ろうとする流れが交錯しているようだが、いずれも現代の台湾の人々の自由意思に基づいている点が、これまでの「悲哀」の歴史とは異なっているのだろう。

 特に「日本軍が鉄道を造ってくれたから、いまの台湾がある」といった、台湾在住のお年寄りの見解をかいま見ていると、筆者のような若い世代は複雑である。「台湾人の悲哀」がこれで終わるのかどうか、それは今後の台湾をとりまく国際情勢にも大いに関係しているようだ。


  また従来、台湾在住の民族的アイデンティティは、先住民、客家、ビン南人、外省人などに多様に分かれていたが、民主化以前の約40年間、国民党政府によって、北京語以外の言葉を抑圧する国語政策が続いたことに加え、台湾全島で都市化と文化の均一化が進んでいる最近では、状況は急変しているようだ。

 特に台湾の80%以上の家庭で、100チャネル近いケーブルテレビが受信できるので、田舎に住んでいても全世界のニュース、芸能などに接することができる。今後ますます、北京語のみを使う帰属意識の薄い「台湾人」が増えていく可能性が大きいようだ。日本のプロレスを一日中放映しているチャンネルもあったので、プロレス好きな筆者にとってはたまらなかった。   

2003年12月の台湾

  鳥インフルエンザ騒動が3月に京都の養鶏場から発生し、どうも昨年のSARS騒動が忘れられてしまった観がある。しかし昨年末(2017年現在の見解、昨年末とは2002年のことでしょうか?)では、台湾で二度目のSARSが発生したと騒がられていた頃であった。
 SARSとは重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome)の略称である。突然38℃以上の高熱に襲われ、咳や呼吸困難などの症状を引き起こす肺炎である。
 2002年11月下旬に中国広東省で発生したと推定されており、2003年2月下旬に香港、ベトナム、カナダ、シンガポールと瞬く間に広がった新型のキラーウイルスである。キャリアの咳やくしゃみの含まれる飛沫によって感染が広がるため、飛沫を防ぐためにはマスクが必須なのである。
 潜伏期間が2~10日間であり、38℃以上の発熱・筋肉痛などの初期症状が1~2日続き、その後肺炎の症状が出て、酷い場合は重症化して死亡に至る恐い病気である。死亡率はインフルエンザの30倍といわれている。自衛はマスクをするしかない。飛沫感染というものは、咳やくしゃみをすると、鼻や喉から分泌物が飛沫となって飛散し、落下する前に直接吸い込んで鼻やのどの粘膜から感染するといわれている。しかし感染部位はのどや鼻だけではなく、目の結膜からも感染することもあるから、恐いのである。
 マスクは安価なものではなく、やはり医療用の高性能マスクが必要である。ウイルスの侵入を完全に防ぐためには、0.3マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの1000分の1)の粒子を95%以上遮断できる、N95というマスクがよい。筆者は知り合いの医師から譲って頂いた。しかし目が細かすぎるため、長時間つけたまま日常生活を送るには息苦しく実用的ではない。目の粘膜から感染しないためにも風除けがついたサングラスを持参するのも一考である。
 実際、中正国際空港に到着したら、温度計測機能付きのサーモグラフィーが設置されており、大きなモニターで、自分自身の全身の体温が一目でわかるようになっていた。

台湾訪問の目的

 今回はぜひとも阿里山へ行くことが第一目的。メンバーは某愛蘭会会長のS氏、同愛蘭会事務局局長のH氏、筆者の3人であった。その他、劉さんの温室や山上げ場などの見学が主な目的であった。特に阿里山への案内人を探すことが必須であった。そのような旨を劉さんにファックスで伝え、手配して頂いた。幸い、大学在学時代に仲良くさせて頂いていた台湾からの留学生の友達がいたので、困ったときは旧友に頼ろうと思い、さほど心配はしていなかった。桃園県には大観園芸の林文欽氏(花卉鉢物生産者)、屏東県には屏東技術大学の副教授・呂廷森氏(農業大学の先生)がいる。
 数日後、劉さんは蔡さんという阿里山への案内人に連絡も取ってくださった。蔡さんは台湾野生ランの専門家で30年も従事しているとのこと。ただし、英語も日本語も話せないということなので、劉さんが同行してくださることとなった。
 また、劉さんから筆者へ講演の依頼があった。台湾蘭花産鎖発展協会(TOGA)の月例審査会は毎月の第一月曜日に行われているようだが、筆者らが滞在する期間に開催期日を変更されたようで、講演依頼のタイトルは「世界のラン産業の行き先」であった。あらかじめ原稿をファックスして、劉さんが同時通訳するために訳しておくとのこと。あまりにも壮大なテーマを与えられたので、台湾へいくまで、国内や海外の様々なラン業者にリサーチして、講演内容をまとめ、原稿を仕上げた。
  
TOGAでの講演内容

 2003年12月25日、クリスマスの日であった。昼過ぎでもスーツを着ているとやや蒸し暑く感じてしまう。巨大な農業会館のビル内の大きな一室で行われていた。ちょうど日本の愛蘭会の月例会を大きくしたような空間を想像して頂ければよいだろう。審査のために持ち寄られた様々な洋ランが品よく棚に並べられ展示されていた。アメリカの月例会のようにミネラルウオーターや中国菓子が配られていた。約70~80人の台湾のラン業者が集まってきていた。劉さんが言うには台湾の有力者連中だそうだ。しかし残念ながら、筆者を含め、鈴木氏も長谷川氏も中国語は解らない。劉さんが同時通訳して下さるからこそ、コミュニケーションがはかれるのだ。早急に中国語を勉強しなければならないとひしひしと感じた。講演内容の大まかな流れは以下のようである。

【Ⅰ】この半世紀における日本の洋ラン事情
【Ⅱ】洋ランの新たなイメージ戦略
【Ⅲ】番組を担当していて解ってくること
【Ⅳ】日本人から見た台湾の問題点
【Ⅴ】中国大陸を消費地として戦略をたてるには?

 当初、筆者のような若造が台湾の問題点を指摘するなんてことは、非常に失礼であるし、よけいなお節介だと思われたが、敢えて苦言を残しておくのも世界的ラン産業から見れば、重要なことだと諭されたので、読者の皆さんが抱く一般的な台湾ラン産業のイメージもお話しさせて頂いた。
 ちなみに本誌の編集者が「台湾」というキーワードで国内の取材先等で、リサーチされたところ、以下のような質問が返ってきたそうだ。
「台湾はどこまで進んでいるか、何をやっているかわからない(から知りたい)」、
「台湾のラン(業者)について、なぜ日本では悪く言う人がいるのか」、
「台湾流、アイロンのかけ方(花弁であるペタルをぴたっと平らにさせる方法)を取材してほしい」
これらの質問を見ている限り、台湾は近くて遠い国のようだ。

 講演は劉さんの同時通訳のお陰で、無難に終了し、ドラゴンの記念碑額縁を恵贈して頂いた。辰年生まれなので、単純にドラゴンがうれしかった。どれだけ彼らに筆者の本意が伝わったのか解らないが、筆者の立場では与えられた仕事を、迷惑をかけしないようにいつも必死にこなすしかないのだから、最後はいつも開き直ってしまう。講演後、台湾で洋ラン雑誌が創刊されたようで、講演内容を掲載してもよいかという打診があった。「蘭芸生活 Orchids@Life」という月刊誌で2004年1月号が創刊号らしい。筆者の講演内容は、2月号から4月号まで連載の形で掲載されているようだ(http: //www.tworchid.com.tw)。講演の詳細を知りたい場合は、「蘭芸生活」を参照されたい(要注意、中国語表記)。
 劉さんが言うには、台湾のラン業者達は、今まで投資する形や目標の的違いなど失敗の例が少なくないようである。また何を作って(栽培)よいのか、みんな悩んでいるようでもあり、ましてやマーケットが国際性に走っている現在では、新たな世界観を導入しなければ、今後の台湾のラン産業が危ぶまれるといったことを危惧されているようであった。現在、中国大陸やベトナムなどは経済成長の発展国で、ランの需要も成長しているので、台湾がタイ、ハワイなどと並んでランの世界的生産の中心地になれるかどうかの瀬戸際だという。政府も民間もWTOに加入して以来、農業面で生き残るのは花卉産業しかないという共通の認識に至っているらしい。「品種開発と生産コストの軽減を強調して欲しい」と、劉さんはみんなのことを想って切実に訴えておられた。
   

     台湾園芸店で見られる洋ランの価値

 台北近郊の花屋さんに3人で立ち寄ったときの印象も述べておこう。「社子花市」という4~5件の花屋さんが集まったところを見学した。「文心蘭試売期特価80元/株」花付きオンシジューム1鉢が約240円。「四季花草100元10盆」花苗は10ポットで約300円。1ポット約30円ということだ。葉をむしられた赤カブがあり、ラベルには「紅葉頭」とかかれていた。食用ではなく、正月用の飾りに使うようである。年末なので、やはり正月用のものが多いようだった。クリスマス用のポインセチアもあったが、我が国の品種レベルには達していないし、わい化剤も使用されていないようだ。花苗は我が国のほうが、バリエーションに飛んでいるのは明らかである。
 贈答用のコチョウランも我が国のように花付きがよいとは言い難い。しかし複雑に花茎を交差させ、非常に華やかな鉢物に仕立ててあったのは学ぶべき点かもしれない。

  お金について、少し触れておこう。単位は台湾元(略称は元)。ニュータイワンドル(NTDoller)、圓(塊クァイと呼ぶ)と表記されることもある。1元=約3.1円(2004年2月現在)。紙幣の種類は、新100、新200、新500、新1000、新2000元の5種類。硬貨の種類は1、5、10、20、旧50(2004年7月から使用停止)、新50元の6種類ある。

  台湾では“日本円”は免税店などのごく一部を除いてはまず通用しない。日本円からの両替は空港の両替所、ホテルやデパートのキャッシャー、許可を受けた銀行などで可能である。また、非合法ではあるが貴金属商「銀楼」で日本円の現金のみ両替可能。レートは銀行よりよいときがある。 

  物価は、食べ物は非常に安価である。現地のお金の使い方をよく観察していると、台湾の1000元(約3000円)がちょうど日本の一万円札にあたるっていう感じである。つまり物を購入するとき、現地の価格の0を一個増やして、日本と比較してもとの値段が高すぎないか考えればよいのだ。上記のオンシジュームが80元ということは、日本でいう800円感覚で販売されている感じになる。実際は240円だが、お金の価値が異なるから、このような感覚が生じるのだ。

 国内線の松山空港へ移動した後、45分のフライトで嘉義へ到着した。嘉義は劉さんの農場があるところだ。ちなみに15年前は台北から台中経由で、バスで嘉義に行ったものだ。他に鉄道もあるので、台湾国内での移動に関してはあまり苦にならない。

劉さんの農場

 劉さんがご子息とともに嘉義空港まで迎えに来て下さった。嘉義駅から車で15分くらいだろうか、劉さんの農場に到着した。15年ぶりであったが、劉さんのラン栽培の管理はいぜん素晴らしかった。カトレアが主だが、珍しいパフィオペディラムの原種もたくさんあり、つい興味を持ってしまう。別棟にはコチョウランが栽培されていた。ここが始まりであったはずが、現在、末っ子のシン君が少し離れたところでコチョウランを作っており、娘夫婦も近くでコチョウランを作っているらしい。さらに阿里山に山上げ場があるとのこと。たった15年ですごい成長ぶりである。15年前に劉さんと様々なラン生産者を見学に回ったときの印象としては、寒冷紗がきちっとはられているところは、ランの管理状態も素晴らしかった。反対に寒冷紗が一カ所でも破けているところは、当然棚の上のランの管理も行き届いていなかった。入る前に解ってしまうところがポイントである。当然、劉さんの農場の寒冷紗は美しい。

 阿里山山麓にある劉さんの山上げ場

 蔡さんを迎えにいき、延々に車を走らせる。劉さんご自身、運転されないので、いつも筆者がドライバーになってしまう。阿里山の山脈は思ったより大きい。くねくね曲がる山道が続き、2時間ほど走ると、劉さんの山上げ場に到着した。最新型の温室が連なり、これは驚くばかりだ。なかはすべてコチョウランである。さまざまな花色のものが並び、花を付けている。先ほどシン君と道沿いですれ違ったが、彼は花付き株を販売しに下山しているのであった。平地とここでは気温がずいぶん異なる。ジャンバーを着ないと肌寒い。
 劉さんが用意してくださっていた、ランチが最高に美味であった。劉さんは笑いながら、阿里山の標高の高いところで、アウトドアで食べたら何でも美味しいといっていたが、紙箱に入った豚丼とビニル袋に入ったスープがうまかった。ぜひもう一度味わいたいものだ。
 その後、登山鉄道の駅付近の山を探索するため、また車を走らせた。

 魅惑の阿里山国家風景区

 阿里山国家風景区は嘉義県東部の阿里山山系に位置し、美しい山並みや深い森林の景観、登山鉄道(阿里山鉄道)が有名である。嘉義県の梅山、竹崎、番路、阿里山の4つの地域にまたがっており、約32700ヘクタールあまりある地域を指す。豊かな自然と美しい風土は高い評価を受け、2001年3月に政府交通部から国家レベルの風景区に選ばれたそうだ。

 標高300mから2600mまでの山々が連なり、多種多様な動植物が生態を形成している。山麓に沿って登っていくと、まずは熱帯・亜熱帯の森林が繁茂し、その後温帯植物が分布しているのだ。いずれも豊かな植生を誇っており、独特な景観が広がっているのだ。3~4月では桜の花が満開となり、多くの観光客が訪れるようだ。山間には保護動植物の類も多く、キョン、ヤギ、台湾サルなどが棲息し、台湾一葉蘭(プレオネ、タリントキソウ)などが自生している。

  またこの地域は地層が複雑に交錯しているため、断崖絶壁が多く、なかでも滝が大きく発達していた。標高が高いために、雲海や朝焼け、夕焼け、霧などが見られ、四季を問わず、美しい風景に彩られるといわれているのだ。
 
 阿里山地区は夏季でも涼しく、さわやかな陽気で、避暑に適しているため、劉さんをはじめ、ランの山上げ場として近年利用されているようだ。「ラン栽培は暖かければ(暑ければ)よい?」といった認識はもう過去の迷信だと浸透しているようで、ランも暑がっていることがこの10年の間に広まったようで、15年前のラン栽培場を予想していた筆者ははっきり言って驚いてしまった。平地にある温室だけでなく、山上げ場の温室もすべて「パット アンド ファン方式」で、温室内の温度を少しでも下げようと努力されているのだ。少し設備に投資しすぎているような感じも受けるくらい、派手な様相を醸し出していた。

  阿里山森林遊楽区の夏の平均気温は14℃前後、冬は5℃程度で、朝晩は相当冷え込むようだ。やや海抜の低い奮起湖辺りだと夏の平均気温は19℃前後、冬は12℃前後となるようだから、場所をうまく探せば、ラン栽培に適した場所はたくさんあるように思えた。

  登山鉄道の駅の駐車場に停車して、山に入っていった。劉さんが高齢であるため、あまり傾斜が激しいところへは入りにくい。杉の木にセッコクがたくさん付いていた。劉さんは体力が続かなくなったようで、車に戻って待っているとのことで、案内人の蔡さんと四人でどんどん茂みに入っていった。エビネがいたるところに生えている。開花期に来たらさぞかし美しいだろう。セッコク以外の着生ランは、やはりバルボフィラムが至る所に着生していた。株を見ただけでは、属ぐらいしか解らない。筆者のオフィスには以下の本があるが、追々詳しく調べたい。阿里山の標高の高いところでは、完全に温帯の山々であるから、熱帯圏のジャングル的雰囲気はない。至って静けさが続く森のなかという感じだった。


●書籍名         発行年度   著者名   出版社      定価
○従来からもっていたもの 
 台湾蘭科植物1      (1975)   林讃標   總経鎖淑馨出版社 1500元
 台湾蘭科植物2      (1977)   林讃標   總経鎖淑馨出版社 1500元
 台湾蘭科植物3      (1987)   林讃標   南天書局     1200元
 台湾蘭図鑑1 地生蘭編  (1989)   周鎮    創譯出版社    1360元
 台湾蘭図鑑2 着生蘭編  (1989)   周鎮    創譯出版社    1360元
○今回、書店でみつけたもの
 台湾野生蘭 野外賞蘭大図鑑(2003,民92) 林維明   大樹        690元

 書店といっても、町の本屋さんレベルではこのような書籍をみつけることはできない。台北のサンデーマーケット内の本屋さんで探すか、誠品書店(PHONE8789-8880)が台北でもっとも巨大な書店なので、専門書を購入することができるであろう。

  山頂からの帰路の途中で、劉さんが急に車を止めてと言いだし、何事かと思ったら、ここから劉さんの山上げ場を望遠カメラで撮影してほしいとのこと。劉さんのワゴン車の上に上がり、撮影する羽目に・・・。結構喜んで撮影しているようだが、落ちたら絶壁である。こわい。郷にいれば郷に従えというわけで、筆者はやせ我慢しているのである。

 

飛躍し続ける『一心生物科技有限公司』

 英語表記は、「IHSIN 
BIOTECHNOLOGY INC.」であるこの培養会社は、嘉義県に大きな設備を構えている(嘉義県大林鎮三村里湖仔20之1号)。15年前に劉さんに連れていって頂いた記憶があった。当時は『一心蘭友服務中心』という会社名であったはずだ。

  1978年に創業されたようだが、筆者が見学した1989年当時はお世辞にもきれいとはいえない老朽化した培養会社であった。古い温室内に培養棚を設置し、その温室内に設けた小屋の中にクリーンベンチ3~4台を設置した小さな培養会社であった。ここの培養室の印象は、温室内はコンクリートで舗装されておらず、地面に直接、培養棚を置くといった簡易的なもので、多分にコンタミの原因になってしまうであろうというような悪環境であった。培養棚は上下2段となっており、遮光された自然光を光源としたものであった。
 
 当時、関心をもった設備は、培地作成後、培地を急速に冷却するための手作り機器があったことである。それまでにも世界各国の培養会社を見学してきたが、当時このような機器を初めて発見して、驚いていた記憶がある。経営者は簡維佐さん、屈託のない笑顔で迎えてくれた好青年であった。暑い昼下がり、下着姿で培養室を案内して下さった姿が好印象であった。

  温室脇にあった池に怪物のように大きく育ったウオーターレタス(サトイモ科、中国名;大萍、和名;ボタンウキクサ、学名;Pistia stratiotes)があったのも鮮明に脳裏に焼き付いている。アクアテラリュームなどに利用したくても室内の育成灯レベルでは光量不足になり、どんどん小さくなっていくのに、さすが亜熱帯圏である。日本の熱帯魚店で販売されているものとは比べものにならないくらい巨大な株に育っていた。台湾水生植物の本によると帰化植物として取り上げられていた。ホテイアオイとウオーターレタスは我が国でも一種の公害となってしまうほど繁殖率が高い浮き草でもある。話が脱線してしまった。

  現在、この会社は巨大企業に成長している。培養温室が1600坪、クリーンベンチが125台、年間生産能力はフラスコ苗120万本、苗は3000万苗だそうだ。育種および育成温室は6400坪ある。たかが15年で、すごい変貌ぶりである。彼に話しを聞くと、値上げをせず頑張ってきたからこそ、ここまで大きくなれたとのことであった。1フラスコ苗の価格は実生苗の場合、70元(約210円)で、この10年間値上げせずに頑張ってこられたようである。メリクロン苗の場合は1万本以上かどうかで価格は変わるらしい。メリクロン価格はあくまでも台湾価格であり、海外の顧客とは差を付けているらしいから、公表しないでほしいとのことだった。残念ながら公表できないので、興味のある方は直接連絡して確認していただきたい。

  規模は、タイの『スウパ オーキッド インターラボ株式会社』とほぼ同格であると思われる。しかし経営的にはタイのほうが断然、有利であろう。ファレノプシスとデンファレでは培養における増殖率は歴然とした違いがあるからだ。デンファレはシンビジュームのような増殖率を誇る。殖えやすい方が培養室の回転率が高まり、苗の生産効率にも差が生じてくる。さらに人件費もタイのほうが安価であるから、この簡氏は相当努力されているに違いない。

  台湾産ファレノプシス苗についての我が国の評価は、賛否両論であるというのが妥当であろう。国際リレー栽培に上手に利用されている生産者がいる一方で、全く興味をもっておられない生産者が存在するのも実状で、台湾のラン苗のクオリティに対する不安定な評価が続いていることは確かである。
 それにしても、培地の分注機や巨大なオートクレーブなど工夫を凝らした設備には驚愕した。パット アンド ファン方式の温室をとってもどれもこれも最新設備なので、設備投資額は相当なものだと思えた。この台湾で巨大に設備投資されているのも立派な姿勢である。元手を取り戻すまでが大変だと思うが、気張って続けていればいずれ活路が見いだせるのだろう。ファレノプシス苗はタイ、インドネシアなど競合する国々が多数存在するので、今後の生産の効率化に期待したいものだ。 

 劉さんのランビジネス戦略
 
 劉さんと話せば話すほど、奥深い様々な教えを頂ける。劉さん一家はラン一家である。嫁いだ娘さんは実家の近くで、ファレ専用の蘭園を経営されているし、息子さんもすぐ近くで別のファレ専用の蘭園を経営されている。劉さん自身は以前からカトレアやパフィオペディラムにこだわっておられるようで、ここに訪れると昔気質のラン屋さんに来たようで、ほっとする空間でもある。15年ほど前は台北からブローカーが劉さんのところへ買いにきていたことがあったが、現在は劉さん自身が台北に売り込みに行かれているらしい。台北の有名なサンデマーケットでも販売されているようだし、新しい花市場でも店を開かれている。生産から販売までトータルにランビジネスの戦略を拡大されているようだ。

  特に阿里山の山上げ温室は、先住民の土地に劉さんが温室を立て、ファレノプシスの栽培方法を指導して、開花後それを買い上げ、販売するといった、外作協力者も育て上げているから驚きである。

 劉さんが期待する台北花木批発市場

 台北に新しく鉢物専門市場ができた。「台北花木批発市場」という。2004年4月22日にオープンする予定だったので、筆者が訪れた3月上旬はまだ準備中で、閑散とした空間であった。3階建てのかなり大規模な施設であった。劉さんは花デパートができるんだといって、はしゃいでおられた。1階は問屋街になっているようで、劉さんのお店は一階の角地にあった。おそらくオープン時はお祭りとなり、大勢の客で賑わったことだろうと思う。

  2階は卸売り専門だと聞いた。競り売りするとのことであるが、まだ競り売りソフトは完成していないようだった。しかし、各産地の商品画像をリアルタイムに受信して、産地の売り手と市場にいる買い手がインターネット上で話し合いながら相対取引ができるソフトは完成していたようだ。我が国でもこのようなシステムを導入するといった記事を新聞紙上で見たことがあるが、世界でも例のない取引方法なので、今後に期待したい。うまく機能すれば、現物のサンプルがなくても産地から仲卸へ直接物流を行うことができるのだ。画期的なシステムであろう。

  建物の周りの環境からは、日常どれだけの集客があるのか読みとれなかったが、今後イベントなどを実施して、どうアピールしていくかであろう。台北県の街中にあり、花なら何でもありという雰囲気を醸し出せれば、かなり人が集まる花空間になると思われた。市場の建設には、土地購入費などを除いて60億円かかったそうで、建物、施設はなかなか立派なものであるが、我が国のバブル後の状態にならないように、ランニングコストの削減、台北市民の花ギフト文化の向上、ギフト習慣の啓発など、まだまだ課題が残されているだろうと思う。
 
サンデーマーケット(台北市建国暇日花市)の実状

 台北市内には花屋さんが比較的多く点在して、店頭に並んでいるものから判断すると日本の花屋さんをこじんまりさせたような感じである。ガーデニング用の花苗素材も充実しているようには思えないし、何でも揃う大型のガーデンセンターもみられない。インターネットは普及しているが、ガーデン資材のオンラインショップもまだ存在していないようだ。理由を聞くと「台北ではみんなサンデーマーケットで買うからねぇ」ということだった。

  一般にサンデーマーケットと呼ばれる花市場は、建国花市場という。高速道路の下で開かれる建国花市場は、大規模で非常ににぎやかな園芸小売り市場で、土曜、日曜に開催されるのである。通常は駐車場となっているスペースに、金曜日の夜中に搬入して、開店しているようである。一つの露店の大きさは、テント2個分くらいであろうか?その数は計測不能といっても過言ではないくらいパワーを感じる空間でもある。高架下の両脇に、1kmくらい延々と並んでいるのだ。さらに1軒1軒の商品密度がスゴイのだ。これでもかというくらい商品が並べてある。それこそ気が遠くなるような物量である。お客さんもだいたい2万人くらいの人出があるようだ。若い方から年輩の方まで、みな熱心に店先をのぞき、賑わっている。

  一見、露天商が立ち並ぶ植木市のように見えるのだが、出店は登録制で、国から権利を与えられている店だけが出店でき、その権利金はビックリするくらい高いようだ。つまりかなりしっかりしたお店でないと出店できないのである。だから、露店といっても台北市民は安心して購入されているようである。

  タイのサンデーマーケットとはまた異なる雰囲気を醸し出している。ここでは、植木、花壇苗、鉢物、肥料、資材、園芸書など、園芸用品といわれるものはすべて販売されているようだ。大型ガーデンセンターが土日のみ突如現れるという表現がよいのかもしれない。サンデーマーケットは台北市民にとっては憩いの場といった役割をしているようで、大勢のお客でにぎわっているのだ。鈴木氏と食べた昼食も、このサンデーマーケット内の露天商のものであった。本場の台湾料理の感想は「ちょっと微妙~」っていう感じだ。甘さと辛さのバランスが日本人が普段頂く中華料理とは少し異なるようだ。隣には玉石市(玉の細工品や民芸品など)もあり、小生はお気に入りのドラゴンリングを購入した。台湾に来れば、ぜひとも訪問して頂きたい台北観光の一つといえるかもしれない。

  鉢はベトナム製や大陸製(中国製)が多いようで、仕入れ値は驚くほど安価であるようだ。日本にも国華園(大阪府河内長野市)のように独自で安価に輸入販売されている園芸店もあるが、まだまだ数は少ないので、輸入販売を検討してみる価値はあると思われる。近年、日本にもたくさん輸入され、雑貨屋などで販売されているのをよく見かける、万年竹(ドラセナ・サンデリアーナ)の専門店も多かった。葉を落としただけの最終加工前の物もたくさん売られていた。カネノナルキ、パキラ、シェフレラも台湾では原色の鮮やかなリボンで飾り立てられ、まるで別物に見えた。このような加工方法も見習うべきであろう。
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 芽物盆栽も流行しているようだった。台湾では、「種子盆栽」と呼ばれているようだ。コーヒーや観葉植物、樹木の種子を大量に発芽させ、芽物状態にして、おしゃれなコンテナに植え付けてあるものが流行っているようである。我が国ではスプラウトといえば、芽物野菜を想像してしまうが、台湾の新たな園芸の技も参考にすべきであろう。

  サンデーマーケットでのお勧めは、本屋である。筆者はいつもなにやら珍しい本を見つけている。最近は台北に大型書店があるので、そちらでも購入できるが、古い本などが売られているのが嬉しい。
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台北の花市場

 筆者の友人が入り込んでいる花市場は「台北花卉産鎖服務有限公司」という。台北市の花市場は結構大規模であり、機械セリを行っている。競りは4レーンで行われ、買参席は300もある。競りは早朝4時から始まり、競り板の表示される情報も我が国と変わらない。切り花のバケツ輸送が斬新である。バケツ輸送については日本のほうがはるかに遅れているかもしれない。
 
 商品の移動はベルトコンベアー方式であり、競り終わった花は、市場内にたくさんある仲卸店に配送される。仲卸店舗は切り花163店、鉢物86店、園芸資材37店で合計286店舗もあるのだ。商品が仲卸に配送された後、午前7時頃からは、仲卸街に仕入れに来る小売商で賑わう。友人の仕事ぶりを見ていると、つくづくよく働くなあと感心してしまう。15年前に友人宅で居候させてもらい、市場の仕事を手伝ったことがあるが、鉢物生産から販売まで行うといった、ごく当たり前のことが我が国では忘れさられているような気がしたものだ。
 この市場の設立は1988年で、コンピュータによる機械競りを実施したが、現在の場所に移転したのは1997年であるようだ。鉢物については競りは行っておらず、市場内で鉢物の卸販売場があり、展示販売や見本取引などを行っている。近代的でありながら、古き良き時代を思い出す活気ある市場でもある。

アジアパシフィック蘭会議

 アジア太平洋蘭展ともいう。3年に一度アジア太平洋地域の国で開催される世界最大級の蘭展である。第一回APOCが1984年に我が国で開催されたのは記憶に新しい。台湾で開催されるのはこの第8回が初めてである。2004年3月6から3月14日まで開催された。会議は台南県にあるエバーグリーン・プラザ・ホテルであった。 学者による生物工学系の報告や育種者によるポスターセッションなどが行われたようだ。残念ながら、筆者はこの会議には参加していない。会議への参加には、従来通りの登録が必要である。事前登録で 100 ドル(USD)、通常登録で150 ドル(USD)いるようだ。一日のみ参加費する場合はUSD20ドル(USD)で済むようである。このシステムは気が利いている。国際ラン展はベル展示センターで行われた。
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 筆者とS氏
は、3月5日の14:25に高雄国際空港に到着した。高雄から台南まで移動に要する交通費は107元(約300円)であった。台南はオランダ植民地時代に政庁が置かれた町で、およそ220年にわたり、台湾の政治、文化、経済の中心地であったところである。現在は台湾第4の都市として発展する一方で、のんびりとした雰囲気を持つ街並みとなっているようだ。
 会議の会場でもある宿泊ホテルのエバーグリーン・プラザ・ホテルはそこそこのホテルであった。到着した夜は、翌日のラン展に備えて早々と床についた。翌朝、ロビーでS氏を待っていると、ヒロタインターナショナル㈱の広田氏に出会い、ロビーでコーヒーをご馳走になった。ラン展会場まで行くバスの待ち時間があったので、久しぶりにゆっくり話をさせて頂いた。我が国を代表するラン屋さんを経営されておられる方だ。話した内容は、我が国の今後の国際ラン展の方向性についてであった。広田氏の含蓄あるお言葉に考えさせられ、今後の行く末に対してより一層斬新な企画を打ち立てる必要性があるということが印象に残った。その後、バスに乗り込み、待望のラン展会場に到着した。
 予想以上に大きな会場で、我が国の国際ラン展を彷彿させた。しかし初日にも関わらず、来場者の入りはそこそこという感じだろうか。チケットは劉さんがわざわざホテルまで届けて下さったので、難なく入場できた。入っていきなり、ファレノプシスだらけの大型ディスプレイがあった。想像していたとおりの構図かもしれない。
 大型ディスプレイのコーナーは確かに素晴らしいが、洋ランのバリエーションがやや乏しいような気がしたのは筆者だけだろうか?   S氏
や筆者の興味は、ディスプレイよりも個別出品や販売ブースのほうなので、足早に通り過ぎる。個別出品ブースは隣接した大型温室内をきれいに仕切られたようなところに、カテゴリー別に展示されていた。ここでも、やはりファレノプシスが圧倒的に多かった。時代の流れなのであろう。
 台南は嘉南平野の最も優れた位置にあり、農地も豊富な上、ラン産業の発展に適した気候にも恵まれているため、全省にわたってファレノプシスの主要な産地となっているからだ。胡蝶蘭栽培面積は約80ヘクタールで、年間売上は15億元以上に上り、台南県がそのうちの三分の一近くを占めているようだ。
 筆者らは、やはり趣味家の代表だろうか?、個別出品も早々と見学して、早々に販売ブースのあるほうへ流れていってしまった。やはり実際に購入できる空間のほうが楽しい。なんといってもワクワクしてくるからだ。とりあえず、各ブースを丁寧に物色していく。日本に持ち帰るためには、サイテスなど必要書類が必要になってくることを十分理解した上で、購入しなければならない。おそらくこのようなイベントで購入した場合、サイテスなどは面倒で取り寄せて頂けない可能性が高いから要注意である。筆者は海外でランを購入しても持ち帰る術を熟知しているので苦労は少ないが、サイテス書類などの知識がない場合は、持ち帰る行動は慎まれた方がよいであろう。日本の税関で没収されて終わりという結末はよくあるからだ。
 S氏の目に留まったファレノプシスは、Dtps. Join Angel であった。白色大輪の花並びのよいファレである。それはどうも見本らしく、しきりにどうすれば苗が入手できるか、丹念に尋ねておられた。やはりS氏もプロである。現在、彼の温室には数百の苗が台湾から輸入され栽培されている。ランを入手する技術は、一重に熱意さだろうと思う。欲しいと思った物については、とことん聞く。聞きまくるのだ。すると必ずゲットできるのである。またS氏はファレノプシスの原種のフラスコ苗もゲットされたらしい。
 台南県はラン産業が極めて盛んであり、新品種と農業における人材の育成においても素晴らしい成果を上げているようだ。さらに「台湾蘭バイオテクノロジー・パーク」、「台湾サイエンス・パーク」、「工業研究院南部分院」を設立し、ラン生産者を統合して企業化管理を実施していくようである。また国際的なマーケティングを導入しており、産業競争力を効果的に向上させることで優位性を更に発揮させようと試みているらしい。これにより台湾のラン産業の研究開発、生産、販売の垂直統合を可能とし、国際流通チャンネルを開拓すると共にTOPを国際的なブランドとして確立させ、台湾蘭王国の地位を不動のものとする農業発展を目指しているようだ。今後の台湾のラン産業に大いに期待したい。最後に台北ではドライバーをして下さった、旧友の林文欽氏(大観園芸)ご夫婦に感謝の念を表したい。またいつも筆者のわがまま珍道中にお付き合い下さる、S氏にも心からお礼申し上げたい。

おまけ  
●物価について

 飛行機を除けば旅費でもっとも金のかかるのが宿泊費であろう。種類や宿泊地によって価格の差は大きいが、基本的に中級ホテルでシングル1500元、ツイン2000元程度を目安にすればよい。なお、最も安い旅館は1泊300元くらいであるが、お勧めはできない。食費も安上がりに済ませるのもいいが、身体あっての旅、最低、朝食に25元、昼食に75元、夕食に200元の予算は組んでおきたい。露天商もどきであっても、人が大勢群がるところは安心できる。移動に要する交通費は、大都市間の移動に鉄道やバスを利用することが多いと思うが、町中での近距離移動の場合は、地下鉄や路線バスが1区間およそ12から20元程度と安い。タクシーも市内の移動ならほとんど150元以内で済むので、重宝である。ちなみに缶ビールは25~35元(約75~105円)であった。

●最低必要な中国語

こんにちは! Ni hao/ニイ ハオ
さようなら! Zai jian/ザイ ジェン
ありがとう! Xie xie/シェ シェ
すみません・ごめんなさい Duibuqi/ ドゥイ プ チー
いくらですか? Duoshaoqian?/ドゥオシャオチェン?
あまりに高すぎます Tai gui le/タイ クイ ラ 
 

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JR大正駅から徒歩2分です。

次回のオーキャンは、

 3月4日(土)です。

皆さんの勇気を応援しております!!\(^^)/

きっと あなたの「なりたい!」をかなえてくれます。

OAO:大阪動植物海洋専門学校

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